ワインの原産地呼称制度(EUの制度)について
この記事ではワインの原産地呼称制度とは何かについて、サマリーを説明しています。その上で、ワインの代表的な産地であるフランスやイタリアなどが加盟するEUの制度について説明しています。
目次
ワインの原産地呼称制度とは
まずは原産地呼称制度のサマリーを説明します。
簡単にいうと、ワインの名称や分類をするときに、特定のルールに則って生産されたワインしか特定の名称をつけることができないという制度です。
例えば、
日本でたくさんのワインが各地域で造られていますが、例えば、仮の話ですが、〇〇県産の特定のブドウ品種を使って、〇〇県で一定の方法で生産した赤ワインを、「〇〇県ワイン」という名前を使うことができると言ったルールを指します。逆に言えば、〇〇県以外のブドウを使い、〇〇県以外で生産したワインは「〇〇県ワイン」とは名乗れないという制度です。
なぜこのような制度があるのかについては、わかりやすい例で示します。
A国のa地域で造られ、世界で「aワイン」として売り出されているワインがあるとします。その「aワイン」を輸入して「〇〇県ワイン」のエチケットを貼り付けて販売すると、消費者は混乱することになります。
また、
本来の「〇〇県ワイン」の生産者が様々な努力や手間暇、コストかけて美味しいワインを生産して、数千円で販売している。
A国a地域のワインは全く異なるブドウや醸造法で造り、100円で売られている似て非なる品質の悪いワインも「〇〇県ワイン」と同じ呼び名で扱われると、ブランドが棄損することになります。
全く異なるワインにも関わらずエチケットが同じ記載だと、中身が粗悪なaワインであるために、安物の美味しくないワインというレッテルを、本来の「〇〇県ワイン」に貼られてしまうかもしれません。
そこまでいかなくても、ブランドの確立を阻害することにつながる場合もあります。つまり、消費者保護と同時に、生産者、地域、ブランドなどの保護制度でもあります。
そこで、法律や規則などで一定のルールを作り、そのルールに沿って造ったワインだけが、特定の名称を使うことができるというような制度になっています。
原産地呼称制度のメリット
実感からすると、ちゃんと勉強をしたことのない私ですら、ブルゴーニュ・ワインと聞いただけで、次のような例が直ぐに思い浮かびます。これは原産地呼称制度によって、ブルゴーニュ・ワインの規程がしっかりとなされているため、具体的に認識することができます。
・代表的なブドウ品種:赤ワインはピノノワール、白ワインはシャルドネ。
・地域は、ブルゴーニュ地方のコート・ド・ニュイ、コート・ド・ボーヌ、コート・シャロネーズ、マコネ、ボジョレーを名乗ることができる。
・コート・ド・ニュイの中には、村の名前を名乗ることができる村名ワイン、例えば、ジュヴレ・シャンベルタン、シャンボール・ミュジニ、マルサネなど。
・1級ワイン(プルミエ・クリュ)を名乗ることができる。
・特級ワイン(グラン・クリュ)を名乗ることができる。
・特定の畑の名前を名乗ることができる。例えば、クロ・パラントゥ、クロ・サン・マルクなど
また、形式的なことだけでなく、いろんな地域のワインをたくさん飲むと、原産地ごとの味の傾向や違いを認識できるようになります。私などはまだまだですが、その前提はやはり同制度が機能しているためです。
ブルゴーニュ・ワインの味わいのイメージが形成され、他の国の類似のワインとの違いも感じることができるようになる。
このように制度のメリットはたくさん考えられます。
上記例で記載した畑の名称を使ったワイン「ニュイ・サン・ジョルジュ・プルミエ・クリュ・クロ・サン・マルク2011」の記事が下記です。この名称だけで、ブルゴーニュ地方のニュイ・サン・ジョルジュ村のクロ・サン・マルクという1級畑のブドウだけを使って生産したワインであることが分かります。趣旨と関係ないですが、めっちゃ美味しかったです。
原産地呼称制度のデメリット
逆にデメリットは、優れたワインも制度上はテーブル・ワインなどに分類されてしまうことです。また、産地名を使うことができなかったりします。
原産地呼称制度に規定しないブドウ品種を使ったワインは、その地域で仮に生産しても特定の名称を使うことができなかったり、生産者が努力して新しい醸造法を開発し、美味しいワインを造っても原産地名を名乗ることができず、テーブル・ワインとしか名乗れないなどということもあります。法改正がされない限り、制度上はテーブル・ワインなどに分類されてしまいます。
・規定されたブドウ品種を使わないワインは、その地域で仮に生産しても特定の名称を使うことができない。
・規定にない新しい優れた醸造法で生産しても原産地名を名乗ることができない。
・優れた美味しいワインでもテーブル・ワインとしか名乗れない。
この1例がスーパー・トスカーナ(またはスーパータスカン)です。
イタリア・トスカーナ州で素晴らしいワインを生産していますが、原産地呼称制度上は、保護された名称となっていないワインです。しかし、その品質の高さからスーパー・トスカーナと呼ばれるようになり、ある種ブランド化しています。
スーパートスカーナの1例として、カジノ・デッレ・ヴィエ2013 イルパラジオ(スティングの所有するワイナリー)。こちらも非常に美味しいワインでした。
原産地呼称制度のまとめ
原産地呼称制度とは、ワインの名称や分類をするときに、特定のルールに則って生産されたワインしか特定の名称をつけることができないという制度です。
同制度によって、特定の原産地を名乗るワインとそれ以外を区別でき、消費者が誤認を受けずに済み消費者保護と同時に、生産者、地域、ブランドなどの保護制度でもあります。
制度のメリットも多くある半面、デメリットとして優れた新しいワインが原産地呼称を名乗れないことや、テーブル・ワインとしか名乗ることができないような場合もあります。
EUの原産地呼称制度
EU加盟国は、国ごとに独自の原産地呼称制度を持っていますが、その各制度はEUの法令が規定する枠内で制定されています。そこで、各国、各地域の制度の前に、EUの制度を踏まえておきたいと思います。
EUの法令は欧州議会・理事会規則、詳細は欧州委員会実施規則、欧州委員会委任規則によって規定されています。なお、これはワインに限らず、チーズなどEUにおける高品質な農産品・食品の名称を保護するための制度として定められています。
ワインについては、地理的表示付きワインと地理的表示のないワインに大別されています。以降のメモ欄はソムリエ教本の内容を転載して、「※」を追加しています。
地理的表示付きワインについて
1 原産地呼称制度:A.O.P(Appellation d’Origine Protegee)
・品質と特徴が、特殊な地理的な環境に起因する。
・指定地域で栽培されたブドウのみから醸造する。
・生産は指定地域内で行う。
・原料はヴィティス・ヴィニフェラ種※のブドウのみ。
※ヴィティス・ヴィニフェラ種とは、ヨーロッパ系ブドウの学術名です。赤ワイン用ならカベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワールなどよく聞くブドウ品種です。一方でアメリカ種ヴィティス・ラブルスカというワイン用にはあまり使われない種類のブドウもあります。
フランスで売っていたAOPワインの例
2 地理的表示保護:I.G.P(Indication Geographique Protegee)
・生産地に起因する品質、名声、特徴がある。
・指定地域内で栽培されたブドウを85%以上使用する。
・生産は指定地域内で行う。
・原料はヴィティス・ヴィニフェラ種、およびヴィティス・ヴィニフェラ種と他の種の交配
フランスで売っていたのIGPのワインの例
エチケットの表記について
エチケットの表記については義務事項と任意記載事項があります。
義務事項は記載義務があるため、エチケットを良く見れば記載が確認できるはずです。任意記載事項は任意ですので、必ずしも記載があるわけではありませんが、よく見かける内容になっていると思います。
以前から高級ワインのエチケットを偽造して、中身を安物のワインを詰めて売っている業者がありますが、この制度に反することから取り締まることもできそうですね。その場合は、もちろん犯罪ですので他の法令にも違反していそうですが。
1 義務事項
・製品のカテゴリ(ワイン、VDL※、など)
・A.O.P、I.G.P のワインはその表記と名称
・アルコール度
・原産地
・瓶詰業者名(スパークリング・ワインの場合は生産者と販売業者)
・スパークリング・ワインの場合は残糖量の表示
※VDL:ヴァン・ド・リキュールの略。ブドウ果汁にアルコールを添加してアルコール発酵をさせずに天然の糖分を残して仕上げる甘口ワインです。なお、発酵途中にアルコールを添加する場合もあります。
2 主な任意記載事項
・収穫年
収穫年を表記する場合は、少なくとも85%、その収穫年からのブドウを使用していなければならない。
・原料のブドウ品種
単一のブドウ品種名を表示する場合は、そのブドウ品種を、少なくとも85%使用していなければならない。
・2種あるいは複数のブドウ品種名を表示する場合、100%それらの品種で構成されること。さらに、使用されている量が多い順に記載する。
・スパークリング・ワイン以外の場合の残糖量の表示
・A.O.P、I.G.PのEUのシンボルマーク
・生産方法に関する記述
※地理的表示のないワインにはこれまで、収穫年とブドウ品種を表示することをが認められていませんでしたが、新しい制度では一定の条件のもとで表示できるようになっています。
EUの原産地呼称制度のまとめ
ここまでの内容でも、ワインのエチケットを見るだけで、どういった種類のワインであるのかを理解することができるようになったのではないかと思います。なお、これらは規則や法令であるため、さらに詳細が規定されているようですが、EU自体の制度はこの辺りまでの情報でよいかと思います。
というのは、エチケットへの記載事項については、各国の制度にAOPやIGPに相当する原産地呼称制度とその定められた表示があれば、EU共通の記載事項は省略が可能となっているからです。
エチケットへの記載事項:各国の制度にAOPやIGPに相当する原産地呼称があれば、EU共通の記載事項は省略が可能。
よって、実際にワインを飲むときに、原産地呼称制度を意識するのは各国の制度に基づく表記が中心となりますので、別途記事にして整理して行きたいと思います。
なお、参考文献で紹介しているソムリエ教本には、さらに栽培地域別の区分やEU加盟国ごとの品質分類表やスパークリング・ワインの残糖量の表なども記載がありますので、興味がある方は教本をご参照いただければ幸いです。
フランスの原産地呼称制度と、ラベルの見方
原産地呼称制度とEUの制度のサマリーをお読みいただきました。
下記記事は、ワインの銘醸地フランスの場合は、どのようになっているのかを説明した記事です。また、ワインのラベル(エチケット)の内容についても概要を説明しています。例えば、ワインのラベル(エチケット)にボルドーという名称が書かれていたら、それは何を意味しているのかを理解できるようになる水準を目指しています。
アルザスワインの主要AOCやブドウ品種など まとめ
フランス・ワインの10大産地の1つであるアルザス地方のワインの主要なAOCやブドウ品種などについて整理しています。実際に飲んだワインの感想をご覧いただけるように各ワインの記事のリンクも貼っています。
ワインの原産地呼称制度 参考文献
1 「2014 ソムリエ・ワインアドバイザー・ワインエキスパート 日本ソムリエ協会 教本」一般社団法人日本ソムリエ協会
※私の持っているのは古い「2014」ですので、上記記事の内容は更新されている可能性があります。
2 「神の雫 ワイン知ったかBOOK」
亜木直(著)(編)、オキモト・シュウ(イラスト)。出版社:主婦の友社
かなり初心者の方向けにかみ砕いて書いてあり、ワインの様々なの知識の基礎的な全体像を把握するのにいいと思います。私は最近買いましたが、ワインを飲み始めた頃にあったら、凄く良かったと感じました。お勧めです。
3「EUの地理的表示(GI)保護制度」2015年2月ジェトロ・ブリュッセル事務所